舟を編む

とても良い映画だった。

僕の事務所の先輩や「正しく生きる」で弁当屋の店主役だった祥平ちゃんも良い役で出演していて嬉しくなった。

祥平ちゃんからは、福岡組の撮影時に「一番良い印刷工たちとのシーンがカットされていてあまり目立たないんです……」と聞いていたが、嘆く必要なんてない。十分に物語の中に生きていた。

そしてクライマックスで辞書が完成し、出版パーティーのシーンで驚いた。

なんと、配給の有吉さん(映画学科非常勤講師/マジックアワー代表)が出てるじゃないか!

映画も良ければ役者じゃない有吉さんの演技も素晴らしく思えてしまった。

いや、有吉さんは本当は役者だったのかもしれない。

とにかく、映画は役者全員の芝居をしっかりと抑え、誰も暴走する者がいない。

ところどころにあるユーモアは石井監督の得意とするところだろうか、その人間くささが功を奏して後半ではふとしたところですっーと涙が頬を伝った。

この週末何を観ようかなと思っている人、邦画だったら「舟を編む」を勧めます。

塀の中のジュリアス・シーザー

塀の中のジュリアス・シーザーを観る。

舞台はイタリアの刑務所の中。

上演されるのはシェークスピアの悲劇「ジュリアス・シーザー」

演ずるのは服役している本物の犯罪者。

 

囚人達に芸術を体験させる為に毎年行われる舞台公演、その一作品の稽古から上演迄の道のりを描く作品だが、この役者達のほとんどが素人でしかも重犯罪者である事に驚かされる。

内容はそれほど山のあるものではなく感動も薄いのだが、役者ってなんだろうと思わされる一作だ。

フライト

ここのところ映画をよく観ている。

「アルゴ」から始まり、「ジャンゴ 繋がれざる者」「千年の愉楽」「フライト」中でも好きなのはやはりタランティーノの「ジャンゴ」だろうか。

「千年の愉楽」に関しては、自分が出ているのでコメントを控えるが、最初と最後に出演している大西礼芳は他の役者に負けず劣らず堂々としたものだ。

 

彼女が「千年の愉楽」に出たきっかけは、「MADE IN JAPANこらッ!」を観たキャスティングプロデューサーが声を掛けてきたのだが、現場では若松監督の恫喝に必死に耐えて踏ん張っていた。

次はきっと「千年〜」を観た誰かが再び大西をキャスティングするに違いない。

 

役者の仕事ってこうしてコツコツと積木を積み上げていくようなものなのだろう。

いつか、築き上げた自分の名前が一人歩きしていくその日まで……。

頑張れ、礼芳!

ARUGO

遅ればせながらARUGOを観た。

実話に基づく物語と冒頭にテロップされるが、これが実話かどうかを予め知る事が大きな鍵となる映画のような気がする。

一見 荒唐無稽に見える展開も実話だからこそ引き込まれていく節もある。

また実話だと思えばこそ政府と救出劇のもどかしさも生きてくる。

一つ一つのシークエンスが常にその”もどかしさ”とすでに洗脳されたリアリズム(実話)から緊迫を生んでいく。

血も流れずに、誰かが拳銃をぶっぱなすシーンも無く、その緊迫は連鎖し続ける。

だが、なぜこれがアカデミー賞の最高賞を獲得したか考えれば、その裏にも隠された実話が生まれてきそうだ。

ふと、ゼロダークなんとかも見てみたくなってきた……。

 

大森立嗣監督 出演、そして終了。その後は宴に……。

「ゲルマニウムの夜」や「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」で知られる大森監督が小児科医役で登場した。

そしてあっという間に撮影を終えると、伴明監督、福岡監督、僕とで酒を飲む。

監督ばかりの飲み会って、これがまた面白い。

映画監督協会新人賞の裏話や某売れっ子俳優Aの女遍歴など……。

「え、あいつ今、あの子と付き合ってんですか?」

 

馬鹿話も終わると制作部と録音部が飲んでいるという場所へ乱入。

楽しく長い一日でした。

 

大森立嗣監督 最新作「ぼっちゃん」 3/16〜ロードショー

 

 

 

 

 

LOOPER

LOOPERを観た。

ネットの前評判が良かったので楽しみにしていたのだが、期待してたほどじゃなかった。

内容を語れないのは残念だが、途中から必死にLOOPの意味を考えながら観始めていた。

 

物語って現在進行している疑問以外をあれこれ想像させるように作っちゃいけないよね。

ひっかけか伏線かを巧妙に考えてあるのかもしれないが、結末のインパクトには小賢しい枝葉となって邪魔になる、そんな映画だった。

 

あ、でもまずは映画を観てちょうだい!

 

リハーサル最終日!

 

本日が「正しく生きる」リハーサル最終日となる。

昨年末からキャスティング選考の為のリハを繰り返して来た。

僕はほぼ全てのリハに付き合ったが、やはり稽古を重ねると芝居は上達するものだ。

それぞれの個性も見え始めたし、各々が脚本読解し、行動分析してきた結果も垣間見れた。

 

僕もそうだが、多くの役者は稽古を積めば積むほど自分がどれだけ不器用で思い上がり屋かを知る。

一言一言の自分のセリフが嘘くさく聞こえ、芝居をしている自分が信じられなくなってくる。不安との戦い……そんなものだ。

 

さて、ここのところずっとリハを観て来た感想を書いてみたいと思う。

芝居をよく考えているとは思う。しかも達者な表現を柔軟に生み始めたとも思う。

しかし、何かが足りない。いや、多いと言った方が良いかも知れない。

 

何が多いか、それは芝居の中での逡巡、あるいは感情の待ちである。

そんなものは台本には書かれていない。感情は即座に変わりゆく筈だ。

人間の頭の中は考えているよりずっと早い。感情が出てくるのを待ってちゃいけない。

感情などは二の次だ。

 

次から次へと行動を考えるのである。

視線、姿勢、呼吸、つま先から指先まですべてが行動である。

 

誰かがしゃべるから見る。何かが動いたから振り返る。目が合ったから笑う。笑えば声が出る。

芝居は感情からではなく、行動からだとスタニスラフスキーもあらゆる演技教本もジェームズ=ランゲ説を挙げて伝えている。

「おかしいから笑うのではなく、笑うからおかしいのだ。悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ。怖いから逃げるのではなく、逃げるから怖いのだ」

 

本日最後の選考リハーサルでは、行動の瞬発性、発想の自由さ、そして相手の芝居を利用した者だけが勝ち残るだろう……。

Les Miserables

レ・ミゼラブルを観た。
帰りの車の中でふと歌ったら、五秒後には妻に怒られた。

余韻を汚したようだ。

 

しかし、僕の歌も余韻だった。

頭の中には手を差し伸べるAnne Hathawayが出つつあった。

怒られた瞬間にすっと消えた。そして頭の中にあがた森魚さんのような顔がフラッシュした。

 

物語は誰もが知るレ・ミゼラブル、この映画の良いところは歌わない者が居ないという事だろうか。どんだけ稽古したらこんな作品が作れるのだろう……。

死ぬ前にいっぺん出てみたくなった、そんなミュージカル映画。